📍ぼくたちに、もうモノは必要ない。佐々木典士著📍

お久しぶりで~~す🎵(*^-^*)

前回のモモ🎵

凄くよかったんです。

🎵じ🎵か🎵ん🎵

についての受け止め方とか・・・考え方❔

ついつい忘れがちな・・・今🎵

モモ🎵と一緒に

思い出す❤笑(*´ω`*)



そんな大切な

🎵じ🎵か🎵ん🎵

についての本を・・・もう一冊

紹介したい❤


☆ぼくたちに、もうモノは必要ない☆

佐々木 典夫 著


なぜ・・・じかんなのか

読んで頂けるとありがたい🎵


表紙の帯にも書いてありました。


☆断捨離からミニマリスト🎵へ

人生が動き出す、モノが少ない幸せ😃💕


☆モノを最小限に減らす

ミニマリストという生き方。

常識にとらわれない豊かな暮らし❤


☆モノを捨て、ぼくが変わった12のこと。


そして・・・本のはじめの方に

写真が載せてありました🎵


汚部屋から何もないスッキリとした部屋に❕❗


私はこの写真に心が奪われました❤

ほんとに何もない❕❗

この部屋でどうやって生きていくのか❔笑(*´ω`*)

何が幸せなのか❔笑(*´ω`*)・・・とか


でもその反面

心の中では良いなぁ~~🎵

って、思っている自分がいました。

自分の部屋を見渡して・・・あ~~無理。

あり得ない。考えられない。

そう思う反面。

できるんだろうか~~❔笑(*´ω`*)

ちょっとやってみたいかも❔笑(*´ω`*)

・・・・


どうやってするんだろ~~って


そこからこの本を読み始めました。


読んでいる途中から・・・私の部屋の

断捨離が始まりました🎵笑(*´ω`*)

これはまさに・・・魔法の書か❔笑(*´ω`*)



私の中の何かが音を立てて崩壊した・・・

とまではいかないけど❕❗


今までためてきた

🎵こだわり🎵

とか

🎵プライド🎵

みたいなものが

氷が自然にとけついくように・・・

何の違和感もなく

とれていくのがわかるんです。


ほんとに不思議🎵笑(*´ω`*)

それに物凄く・・・

ここちいい🎵(*^-^*)


断捨離をして感じたことは・・・

自分の内側・・・内面🎵(*^-^*)

自分と向き合うことなんだと思った。

心の中の整理をしている感じだった❕❗


あらゆる価値観が変わりつつある・・・


現実・・・仕事は選びすぎるあまり

今も仕事がなく・・・とほほ。笑(*´ω`*)


邪魔をするのはこだわりとかプライド

だったり。


たまっていくのは・・・不安と絶望。

未来にいったいどんな希望がもてるのか❔

鬱になりそうな勢いで🎵(*^-^*)


まぁ~~これも経験なんだと思うんですが・・・

私を救ってくれるのはいつも

💕本💕

ですね。



実は今回も・・・こだわりとかプライドが

すこしだけどとれてきて


仕事にも行こうかなぁって思えてきた🎵



下の子供にいつも言われる・・・

「かぁ~~ちゃん。なんでもええけん

仕事してよ~~(T_T)」


「俺、来年受験やで~~」


ほんとうのところ・・・私にもわからない。

ただそれでも

🎵今🎵

幸せだと思う🎵


昨夜・・・だいぶんスッキリしてきた

部屋から眺めた月は🎵


物凄く・・・美しく輝いていた❤

ような気がした❤笑(*´ω`*)


月を愛でる余裕がある・・・(じ🎵か🎵ん🎵)

それだけでも

私は幸せなんだと思えます🎵(*^-^*)



ぼくたちに、もうモノは必要ない。


この本いいよ。


内容の紹介もしたかったんだけど・・・



読んでみないと気づかないこととか

断捨離してみえてくるものとか

モノがない幸せは

一度なくしてみないとわからない。笑(*´ω`*)



じ🎵か🎵ん🎵

をかけて向き合ってみる。


今という一瞬(じ🎵か🎵ん🎵)が

よみがえる。


かけがえのない・・・じ🎵か🎵ん🎵(一瞬)


とにかくなんでもやってみて❗❤

まずはこの本

読んでみて❗❤笑(*´ω`*)


私はまだまだ

断捨離中💕

🎦モモ🎦ミヒャエル・エンデ著

皆さん❤お久しぶりです。笑(*´ω`*)

お元気でしたか❔

今回、紹介したい本は

💕モモ💕

ミヒャエル・エンデさんの本です🎵(*^-^*)


ほんとにずっ~~と前から読みたくて

でも何故か読めずに・・・今日まで。笑(*´ω`*)


でも、その理由がわかったような気がしました❤


この物語に出てくる・・・

時間泥棒の灰色の男たち❗❔

そんな人たちに奪われた時間。

・・・死んだ時間を受け取った人たちは

病気になるらしい。


もしかしたら・・・わたしはそんな病気にかかりつつあったのかも❔笑(*´ω`*)


その名もまさに

致死的退屈症(ちしてきたいくつしょう)

っていうらしい。笑(*´ω`*)



本文より

・・・・はじめのうちは気のつかないていどだが、

ある日きゅうに、なにもする気がしなくなってしま

う。なにについても関心がなくなり、なにをしても

おもしろくない。この無気力はそのうちに消える

どころか、すこしずつはげしくなってゆく。

日ごとに、週をかさねるごとに、ひどくなる。

気分はますますゆううつになり、心のなかはますま

すからっぽになり、じぶんにたいしても、世のかな

にたいしても、不満がつのってくる。

そのうちに感情さえなくなって、およそなにも感じ

なくなってしまう。

なにもかも灰色で、どうでもよくなり、世のなかは

すっかりとおのいてしまって、じぶんとはなんのか

かわりもないと思えてくる。

怒ることもなければ、感激することもなく、よろこ

ぶことも悲しむこともできなくなり、笑うことも泣

くこともわすれてしまう。

そうなると心のなかはひえきって、もう人も物も

いっさい愛することができない。

ここまでくると、もう病気はなおる見こみがない。

あとにもどることはできないのだよ。

うつろな灰色の顔をしてせかせか動きまわるばかり

で、灰色の男とそっくりになってしまう。

そう、こうなったらもう灰色の男そのものだよ。


この病気の名前はね。

致死的退屈症というのだ。



いかがでしたか❔笑(*´ω`*)

まぁほとんどの方はあまり関係がないかもしれませ

んが・・・といいたいところですが・・・


💕モモ💕

この物語を読んでみれば・・・うなずけるところも

あるかもしれませんよ。



それではさっそく

本文より❤


とてもとてもふしぎな、それでいてきわめて日常的

なひとつの秘密があります。

すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく

知っていますが、そのことを考えてみる人はほとん

どいません。たいていの人はその分けまえをもらう

だけもらって、それをいっこうにふしぎとも思わな

いのです。


この秘密とは・・・それは時間です。


時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、

はかってみたところであまり意味はありません。

というのは、だれでも知っているとおり、その時間

にどんなことがあったかによって、わずか一時間で

も永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの

一瞬と思えることもあるからです。

なぜなら時間とは、生きるということ、そのもの

だからです。そして人のいのちは心を住みかとして

いるからです。


このことをだれよりよく知っていたのは、灰色の男

たちでした。彼らほど一時間のねうち、一分のねう

ち、いやたった一秒のねうちさえ、よく知っている

ものはいませんでした。

ただ彼らは、ちょうど吸血鬼が血の価値をしってい

るのと同じに、彼らなりに時間のだいじさを理解

し、彼らなりの時間のあつかい方をしました。



灰色の男たちは人間の時間にたいして、ある計画

をくわだてていました。

大々的な、慎重にねりあげた計画です。

いちばん気をつけていたことは、じぶんたちの行動

をだれにも気づかせないようにすることでした。

そして一歩一歩、だれにも気づかれずに、日ごとに

ふかくくいこんで、人間の心に手をのばしていまし

た。・・・




灰色の男たちは何をしたんでしょうか❔笑(*´ω`*)

気になるところではありますが、


少しだけ私の心に残ったところを

残しておきますね❤



・・・・時計というのはね、人間ひとりひとりのな

かにあるものを、きわめて不完全ながらもまねて

象ったものなのだ。


光を見るためには目があり、音を聞くためには耳が

あるのとおなじに、人間には時間を感じとるために

心というものがある。


そして、もしその心が時間を感じとらないようなと

きには、その時間はないもおなじだ。


ちょうど虹の七色が目の見えない人にはないもおな

じで、鳥の声が耳の聞こえない人にはないもおなじ

ようにね。


でもかなしいことに、心臓はちゃんと生きて鼓動し

ているのに、なにも感じとれない心をもった人がい

るのだ。・・・・


時間を感じとることができるのが心❤




わたしはここ最近・・・心をなくしていたのだろう

か❔笑(*´ω`*)


時間を感じることができるのが心

なら

心をとりもどすことができるのは時間

なのかもしれませんね🎵(*^-^*)


わたしの心は

もう少し時間がかかるのかなぁ~~💕

それもありありで🎵(*^-^*)



💕モモ💕

を見るたびに・・・すべての時が

永遠に繋がってる

☆今☆

を感じることができる気がします。



わたしは💕モモ💕が大好きです🎵



この物語を書いた

ミヒャエル・エンデさん

私の心の中では永遠に

生き続けております。

本当に感謝です💕

笑(*´ω`*)




訳者あとがきより


・・・「時間がない」「ひまがない」・・・こうい

うことばをわたしたちは毎日聞き、じぶんでも口に

します。いそがしいおとなばかりではありません、

子どもたちまでそうなのです。けれど、これほど足

りなくなってしまった「時間」とは、いったいなに

なのでしょうか❔


機械的にはかることのできる時間が問題なのではあ

りますまい。そうではなくて、人間の心のうちの時

間、人間が人間らしく生きることを可能にする時

間、そういう時間がわたしたちからだんだんと失わ

れてきたようなのです。このとらえどころのない謎

のような時間というものが、この不思議なモモの物

語の中心テーマなのです。



主人公のモモは、年齢も素姓もわからない浮浪児で

す。ほんらい、現代のように完全に組織されてしま

った社会は、浮浪児というものの存在を許しませ

ん。ですからここではモモは、管理された文明社会

のわくの中にまだ組み込まれていない人間、現代人

が失ってしまったものをまだゆたかに持っている自

然のままの人間の、いわばシンボルのような子ども

なのです。


あいての話をじっと聞くことによって、その人にじ

ぶんじしんを取りもどさせることのできるというふ

しぎな能力、宇宙の音楽をききとり、星々の声に耳

をかたむけることのできる能力を持ったモモは、人

間に生きることの本当の意味をふたたびさとらせる

ために、この世に送られてきたのでしょう。


ところがこのモモをとりまく世界は、「灰色の男た

ち」というきみょうな病菌におかされはじめていま

す。


人びとは「よい暮らし」のためと信じて必死で時間

を倹約し、追いたてられるようにせかせかと生きて

います。子どもたちまで遊びを奪われ、「将来のた

めになる」勉強を強制されます。

この病気の原因に気づいて警告しようとする人は、

ベッポのように狂人として精神病院に隔離されるで

しょう。

夢に生きているジジは、この世界では巨大な情報産

業におどらされる操り人形のような作家になりま

す。こうして人びとは時間をうばわれることによっ

て、ほんとうの意味での「生きること」をうばわ

れ、心の中はまずしくなり、荒廃してゆきます。

それとともに、見せかけの能率のよさと繁栄とはう

らはらに、都会の光景は砂漠と化してゆきます。

この大都会のどこかには、まるで四次元の世界への

通路のような、だれも知らないふしぎな地区があり

ます。その向こうにあるのが時間の国です。


その国からの使者は、歩みのおそさをもって名高い

カメ、太古から生きつづけてきたようなカシオペア

です。モモは時間をつかさどるマイスター・ホラに

時間の意味を教えられます。そして時間の花の咲く

壮麗な殿堂を見て、ひとりひとりの人間に与えられ

る時間のゆたかさ、うつくしさを知ります。


この神秘的な時間の国の物語と、人間から時間を盗

む灰色の男たちのぶきみな陰謀の物語がおりまざっ

て進みながら、事件は急テンポで解決にむかいま

す。すべてが終わったあと、人びとにはふたたび時

間がたっぷりとあるようになり、心ゆたかな生活が

かえってきます。


けれど読者のわたしたちにとっても、事件は解決し

たのでしょうか❔

わたしたちのまわりには、灰色の男たちはいなくな

ったのでしょうか❔

作者のあとがきの中で、謎の人物はこう言っています。


「わたしはこの物語を過去におこったことのように

話しましたね。

でもそれを将来おこることとしてお話ししてもよか

ったんですよ。どちらでもそう大きなちがいはあり

むせん。」

つまりわたしたちにとっては、この物語は過去のも

のではなく、これからのことなのかもしれないので

す。




みんなの心は

☆今☆

どんな感じ❔笑(*´ω`*)



一度

☆致死的退屈症☆

なってみるのもいいかもよ🎵


・・・生きてるんだか

死んでるんだか・・・・

なんの為に生まれてきたんだろ~~・・・・

とか

永遠のループのなかで


終わりもなく・・・始まりもなく・・・


続いていくんだろ~~なぁ🎵(*^-^*)


それが嫌なら・・・

ただ

☆今☆

いる

だけ🎵(*^-^*)

🎵なやみはつきねんだなあ🎵相田みつを 書 佐々木正美 著

みなさん❤

こんにちは(*^-^*)

今回はみなさんもよく知ってる

相田みつをさん💕の書を

精神科医佐々木正美さんが

解説している本ですね❤



では、早速

本文より・・・・



「なやみは

つきねんだ

なあ

生きているん

だもの」


悩みは尽きない、それがよい


人間は一つの目標が達成されたり、欲望が満たされると、次の欲求が出てくるものだ。

だから絶えず欲求不満の状態にある。

この次々に欲求不満を引き起こす源泉が、人間の意欲や向上心を絶やすことなく維持させることになる。

人間が悩みや欲求不満になることを失ってしまったら、生きている意味も失うことになるのではないか。

悩みは尽きてしまったら、大変である。

私のような高齢者は、心身の衰えによって、徐々に自分の新たな目標を設定し達成していくことができにくくなる。

だから再晩年に近づくにつれて、自分の夢や希望を託すことができるような、次の、あるいはそのまた次の世代の若者や子どもにめぐり合うたびに、

自分に課せられた過酷な老いややがて訪れる死の現実を、無理なく、あるいは納得し安心して受容していくことができる。

人間は死の直前まで、夢、希望、目標を抱き続けるものである。

欲求不満や悩みは尽きないのである。

それがよいのである。


私も六十歳までは、自分の好きな臨床活動に没頭していた。

悩みの途絶えることがない状態で悪戦苦闘しながら、無謀で困難な課題に取り組み続けていた。

毎夜帰宅して、家族との交わりのなかで癒されて、また翌朝、ときには空元気で自分を叱咤激励して出勤してきた。

六十歳を過ぎる頃から、能力の衰えとともに、それを補うような気持ちで、自分の夢や希望を引き継いでくれる若者に出会いたくなった。

自分の目標や希望を継承し、実現してくれる少年や青年に語りたくなった。

だから学校の専任教師への誘いを引き受けた。

それまでは、どれほど熱心な勧誘を受けても 非常勤講師しか引き受けなかったのにである。

そしてまた新たな課題に悩みながら、これが人生だと思いながら、日々を生かされている。

悩みは尽きないのである。尽きないのがいいのだと思う。





「いのち



アノネ

にんげんはねぇ

自分の意志で

この世に生まれて

きたわけじゃねんだな


だからね

自分の意志で

勝手に死んでは

いけねんだよ」



与えられた生命に感謝したい

私が子どものころの親たちは、聞き分けのない自分の子どもにむかってよく、お前はいったいだれのおかげで大きくしてもらっていると思っているのだ、というようなことを言って叱ったものである。

ところが近年、私たちの臨床の場では、よくも勝手に断りもなく俺のことを産みやがったな、というようなことを自分の子どもから言われる親がいる。

あの戦後のドサクサのなかで、いつも空腹であった子どもたちは、親が一生懸命に働いて自分達を育ててくれていることを実感していた。

子どもたちは、自分の生命が大切にされていることを知っていたから、自分に与えられた生命への感謝があった。だから友達の存在を大切にする感情もしっかりもっていた。

毎日、仲間たちと仲良く楽しく遊んだ。

今日、私たちはなぜ、子どもに生命の大切さやそれへの感謝の気持ちを伝えにくくなったのだろう。

高齢者の自殺などという報道に接すると、ますます複雑な気持ちになる。

いつか息子の書棚にあった、英国の物理学者ホーキング博士の著者の後書きを読んで、感動したことがある。

闘病中の難病、筋萎縮性側索硬化症を病む、アインシュタイン以来ともいわれるこの天才的物理学者は、

人間の最高の分別は、自分の運命を受容する知恵と力を身につけることだ

と思うと書いていた。

作家・曽野綾子氏の書物にも、ときどき見かける思想である。

自分に与えられた生命に感謝したい。

そうでなければ、子どもたちにそれを伝えることはできない。



他にも・・・・


「アレも

コレも

ほしがる

なよ 」


とか


「まける人の

おかげで

勝てるんだよ

なあ」


とか


「生きて

いるうち

はたらける

うち

日のくれ

ぬうち」



いかがでしたか?

みつをさんの書・・・いいね❤

正美さんの解説・・・ほんとにいいね❤




実は今回は


私のなかにある想いが・・・


みつをさんの書にあったので・・・


めっちゃ感動でした🎵笑(*´ω`*)



それを残して終わろうかなぁ🎵笑(*´ω`*)


私は声を大にして叫びたい🎵笑(*´ω`*)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「わたしは無駄にこの世に

生まれてきたのではない

また人間として

生まれてきたからには

無駄にこの世を過ごしたくはない



私がこの世に生まれてきたのは

私でなければできない仕事が

何か一つ

この世にあるからなのだ



それが社会的に高いか低いか

そんなことは問題ではない



その仕事が何であるかを見つけ

そのために精一杯の魂を

打ち込んでゆくところに

人間として生まれてきた意義と

生きてゆくよろこびがあるのだ 」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



そうそう・・・私はまだ

探しているんです🎵笑(*´ω`*)


私にしかできない仕事を・・・


だからまだ死ねない。笑(*´ω`*)



無駄に生まれてきたわけでもなく

無駄に生きたくもない



切に思うのですが🎵笑(*´ω`*)


悩みはつきない

それでいいのかもね🎵



死ぬ寸前に見つかるかも🎵笑(*´ω`*)



それもよし🎵

としてみようかなぁ😃




❇星の巡礼❇パウリョ・コエーリョ著

お久しぶりです。

久々の本の紹介🎵笑(*´ω`*)

このblogのタイトルにもなってる・・・

アルケミスト

の著者パウロ・コエーリョさん💕

このアルケミスト

第二作目の本だったらしく・・・


今回出逢えた

星の巡礼

と言う本によって知ることが出来ました🎵



この

星の巡礼

こそが第一作目だったみたいです。

その25周年の特装版と言うこともあって・・・


本のサイズ(ハガキサイズ?)といいデザインが

とてもシンプルで素敵で・・・笑(*´ω`*)


それが目に止まり

手に取るはこびとなりました。笑(*´ω`*)


この本はパウロ・コエーリョさんの

自伝的要素の強い作品で・・・

神秘的な・・・とか不思議な・・・的な

感じの強い巡礼の旅の本ですね❤


結構深いので・・・意味がわからないかもですが

興味ある方は是非🎵是非🎵笑(*´ω`*)

実は私・・・一回途中まで読んでたんです🎵


まぁ~~いろいろな理由もあって・・・

半年くらいそのままでした🎵笑(*´ω`*)


で今回、本棚の整理をした時に・・・

なんとなく読んでみたくなりました(*^-^*)


自分でもビックリするんですが・・・

今なんやなぁ~~💕

って思いました🎵笑(*´ω`*)




星の巡礼

パウロ・コエーリョ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

本文より・・・

・・・十世紀までのキリスト教もまた、三つの聖なる巡礼の道があると信じていた。

どの巡礼の道も、その道をきわめる者に対して、一連の祝福と免罪を与えるとされていた。

第一の道は、ローマの聖ぺトロの墓への道であった。ワンダラーと呼びならわされているこの巡礼の道への旅人たちは、十字架をその印としていた。

第二の道は、エルサレムのキリストの墓へ詣でる道であった。この道を行く者たちは、パルミストと呼ばれ、そのシンボルはやしの枝だった。

キリストがエルサレムに入城した時に、やしの小枝によって迎えられたからである。

そして、
第三の道が、使徒の一人であるサンチャゴ・・・
英語ではジェームズ、フランス語ではジャック、イタリア語ではジャコモ、ラテン語ではヤコブと呼ばれている・・・の遺骸に詣でる道であった。

サンチャゴは、ある夜、羊飼いの少年が野原で大空に輝く星を見たというイベリア半島のとある場所に、葬られたという。

伝説によれば、サンチャゴのみならず、聖母マリアも、キリストの死後、間もなくそこへ行き、福音を伝え、人々をキリスト教に改宗させたという。

その場所はコンポステーラ(星の野原)として知られるようになり、キリスト教世界の隅々から人々を引き寄せる町へと発展したのだった。

こうした旅人はピルグリムと呼ばれ、ほたての貝殻がそのシンボルとなったのだ。

・・・今日でさえも、神秘家、帰依者、研究者などの多くの人々が、フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーとスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラの大聖堂をへだてている七百キロの道のりを歩いている。





・・・私はサン・ジャン・ピエ・ド・ポーをしばらく前に出発して、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの道を半分、歩いてきた。

歩行速度、1日二十キロ。

私にはすべてが非現実的に見える。

私はここで何をしているのだろうか?
この疑問はすでに何週間も過ぎたというのに、まだ私を追い回している。

私は剣を探している。私はカソリックに属する小さな教団、RAMで使われている儀式を行っている。

世界の象徴的な言葉を理解すること以外、この教団には他に一切、秘密も秘法もない。

私は自分が騙されていた、霊的探求はまったく意味がなく馬鹿げている、ブラジルで自分がずっとやってきたことをしている方がずっとよいのにと、感じている。

私はこの探求で自分自身の誠実さを疑っている。
なぜならば、姿を決して現さない神を求めて、決まった時間に祈り、奇妙な道を歩き、規律正しい生活をし、見るからに奇妙な教団に従うのは、大変な仕事だからだ。

そうなのだ、私は自分の誠実さを疑っているのだ。私の案内役であるペトラスは、この道はすべての人に、普通の人に開かれていると主張する。

その言葉に私はとてもがっかりしてしまった。

チベットの秘密賢人会議や、愛のないところに愛をもたらすことができる魔法の薬や、突然天国の門が開く儀式などに関するすべての物語が全部真実であると、自分はついに発見するだろうと思っていたからだ。

しかし、ペトラスが私に話すことは、まったく正反対だった。

選ばれた者など誰もいない。もし、自分はここで何をしているのだろうかと疑うかわりに、自分のハートを喜びと情熱で満たしてくれることを行うのだと決心さえすれば、

私たちはみな選ばれるのだ。

その喜びと情熱が聖霊と私たちをつなげるのであって、何百何千という古典を読むことではない。

それは、人生は奇跡であり、それが次々に奇跡を生むということを信じる思いであって、いわゆる「秘密の儀式」や「秘義教団」ではないのだ。つまり、本当に彼を男にするのは、自分の運命を達成しようとする彼の決意なのであって、存在の秘密に関してあれこれ理屈をこねることではないのだ。


・・・私は変わりたいのだろうか?

そうは思わない。にもかかわらず、この道は私を変えつつある。

私は秘密を知りたいのだろうか?

そうだと思う。しかし、この道は秘密などないと、私に教えつつある。

エスが言ったように、明らかにされたことがないことなど、何一つないのだ。

他の言葉で言えば、すべては私が期待していたのとはまったく反対の方法で起こっているのだ。


・・・・私たちはその日の午後ずっと、黙って歩き続ける。強制的に道連れになった私たちは、お互いに疎外し合っている。

サンチャゴ・デ・コンポステーラはまだ先にある。そして私はまだ、この道が私をサンチャゴだけでなく、世界中の他の都市にも導くことになるとは、知ることができない。・・・


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



星の巡礼❇とは

パウロ・コエーリョさんの
人生を一変させた体験をもとに描いた
自伝的デビュー作ということですね。


パウロ・コエーリョさんの旅した道は
もしかすると、
私であり、あなたも
同じように自分自身を知ることができる
旅なのかも・・・笑(*´ω`*)

サンチャゴ・デ・コンポステーラへと続く・・・

あぁ~~今、思い出しました🎵笑(*´ω`*)

覚えていますか?

このblogでも紹介しました。

四国の八十八ヶ所を旅していた・・・

イタリア人のステファノさんとミルコさん🎵

ジェスチャーとなんとなくの地名で教えてくれたんですが・・・

まさに

この道を旅してきたと言っていました。

その時・・・凄く良いなぁと思ったのを

思い出しました🎵笑(*´ω`*)

いつか・・・みんなで行ってみたい。

羊飼いの少年が大空に輝く星を見た・・・

その場所に❇



星の巡礼とは・・・パウロ・コエーリョさんの物語ではあるけれど


もしかしたら・・・今、ここがすでに

そうなのかも❔笑(*´ω`*)


生から死へと続く道・・・

私のあなたの・・・❇巡礼❇

なのかも❔笑(*´ω`*)


今回、最後の方のページでとても感動したメッセージがありました。

何ヵ所かあったのでそこも少しのせておきます。


・・・終わり頃、カナダ人の女性が私のところにやってきた。

「私は聖人のお墓や聖なる川や奇跡が起こった場所や幽霊を探し求めるタイプの人間ではありません。

私にとって、巡礼するのはお祝いです。私の父も母も若くして亡くなりました。二人とも心臓麻痺でした。

そして、私も同じ弱点を持っているかもしれません。

だから、この人生を早くに去るかもしれないので、私はできる限り世界を知り、できる限り幸せを楽しむ必要があるのです。

母がなくなったとき、私は自分に約束しました。

太陽が毎回、毎朝再生する度に幸せを感じること、

そして、未来を楽しみにすること、

しかし
そのために現在を犠牲には絶対にしないこと、

愛が私の道を横切るときは、
必ず愛を受け入れること、

毎分真剣に生き、決して自分を幸せにできることを先延ばしはしないことです。」




・・・・カナダ人女性は自分にも同じことが起こったと言って、いつも持ち歩いている本を私に手渡してくれた。

アメリカの大統領だったセオドア・ルーズベルトが、パリのソルボンヌで1910年4月23日に行ったスピーチの一部です」

私はそれを読んだ。

「大切なのは批評家でもなく、力のある人がどのようにつまずくか、もっとうまくできたはずなのに、と指摘する人たちでもない。

功績は、実際に闘技場にいる者、顔はほこりと汗と血にまみれる者、勇敢に戦う者、過ちを犯す者、何度も何度も失敗する者のものである。

なぜならば、間違いや欠点のない努力などないからだ。

しかし、実際によい行いをするために努力する者、情熱と素晴らしい献身を知るもの、意味のある目的に自分自身をささげる者、最もよい場合には最後に素晴らしい勝利の結果を知る者、そして、最もひどい場合、失敗したとしても、少なくとも大いなる努力のあとで失敗する者、

こうした人々が、勝利も敗北も知らない冷たく臆病な人々と同じ場所にいることは絶対にないだろう」




・・・・そしてファティマでは、まるで何かの印のように、私はサイン会に来た人々の一人から贈り物を受け取った。

それは、
ティク・ナット・ハンという仏教僧が書いた
「喜びへの長い道」
というタイトルの本だった。

その瞬間から、世界一周の九十日間旅行を続ける前に、私は毎朝、
ティク・ナット・ハンの智恵の言葉を読んでいる。
次はその要約だ。


1、あなたはすでに到着している。一歩ごとに喜びを感じ、あなたがまだ直面しなければならないことについて心配するのをやめなさい。
私たちは自分の前に何も持っていない。
ただ一瞬一瞬に喜びを持って旅をする一本の道があるのみだ。
巡礼の瞑想を行うとき、私たちはつねに到着しつつある。私たちの故郷は今この瞬間であり、それ以上のものはないのだ。


2、そのために、歩くときはつねに笑顔でいなさい。たとえ無理して笑顔を作らなければならず、変に感じてもだ。
笑顔に慣れなさい、そうすればあなたは幸せになるだろう。
あなたの満足を見せるのを恐れてはならない。


3、もし、平和と喜びはつねにどこか先にあると思っているならば、あなたは決してそれに到達することはできない。
平和も喜びも、なたの旅の同伴者であることを理解しなさい。


4、歩くとき、あなたは地球をマッサージし、ほめたたえている。
同じように、地球はあなたが心身と心のバランスを取るのを助けようとしている。
この関係を理解し、それを尊重しなさい。
あなたの歩みがライオンの強固な安定感と、虎の優雅さと、皇帝の威厳を持ちますように。


5、あなたのまわりで起こることに注意を払いなさい。そしてあなたの呼吸に集中しなさい。
これはあなたの旅について行こうとする問題や心配を取り去るのに役立つだろう。


6、歩くとき、動いているのはあなただけではない。過去と未来のあらゆる世代が動いているのだ。
いわゆる「現実の世界」では、時間は計ることができるが、真実の世界では今こな瞬間を越えて存在するものはない。
これまでに起こったすべてのこと、これから起こるすべてのことはあなたの一歩一歩の中にあるということに、完全に気づきなさい。


7、あなた自身を楽しみなさい。巡礼の瞑想をあなた自身とつねに出会う場にしなさい。
報酬を求める苦行の場としてはいけない。
あなたの足がふれる場所に、つねに花や果実を育てるのだ。


私はこの本が好きだ🎵笑(*´ω`*)

もしかしたら・・・私の見えないガイドさんが

私に届けてくれたギフトなのかも❔笑(*´ω`*)



道に迷いまくりの❔笑(*´ω`*)・・・私に🎵

結構・・・今って感じだけど(T_T)



それでも・・・まだ生きてます🎵

生かされているのかな❔笑(*´ω`*)

どこまでも愛なんだと・・・気づくために❔笑(*´ω`*)

旅🎵息子・・・

こんばんは😃🌃

昨日なにげに・・・Twitterを検索してたら

見つけました🎵笑(*´ω`*)

旅🎵息子の

旅の動画が少し出来たみたいで・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

https://youtu.be/xGvYiOehtTc

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

良かったら・・・見てくださいね🎵笑(*´ω`*)


いつも応援してくださっている

みなさんには・・・本当に感謝です🎵

ありがとうございます。



私も・・・初めて見たんですが・・・


そのまんまで・・・リアルでガチで

言葉もみあたらないですが・・・



なんかいいなぁ~~って思えました🎵


私の知らない世界🎵笑(*´ω`*)


今🎵息子は・・・日本ですが・・・

更なる旅の続きのために・・・・

今も一生懸命

楽しんでいるのかなぁ❔笑(*´ω`*)


ほとんど連絡ないからね~~~笑(*´ω`*)

たまに・・・

「靴下送って~~」とか

「洗剤送って~~」とか・・・


あるくらいで🎵(T_T)


私が送ってもらいたいくらい~~笑(*´ω`*)


今はそんなかんじです。


また、ご報告します🎵(*´ω`*)


これからも宜しくお願いします🎵(*´ω`*)

❇祈りの手❇

いつもありがとうございます🎵

先日、朝、なにげにネットを検索してたら

出逢えた~~❔笑(*´ω`*)

あるかたのブログだったんですが・・・


❤祈りの手❤

というのを紹介してくれてました(*^-^*)


有名な画家さんが描いてるんですが・・・

画像が載せられなくて・・・本当にショック

です(T_T)


この祈る手を描くことになった物語に

めっちゃ感動してしまった~~💕

感動のあまり・・・

ちょうどかかってきた母からの電話に


その全内容を話してた・・・


電話のむこうで

母が泣いていた・・・


私が母に一言

「私って凄くない❔笑(*´ω`*)」

・・・

「今さっき一回だけ目を通したこの話・・・

かぁちゃんに大体のストーリーを伝えてるし・・・

ほら、かぁちゃん、めっちゃ泣いとる。」



・・・そっち~~(?)

母はかなり苦笑ぎみ・・・笑(*´ω`*)


でもね・・・何故か凄く幸せだった。


母も私も・・・


感動できるっていいね❤


なんとなく

みんなと一緒に感動したくて・・・

残してみた🎵笑(*´ω`*)



良かったら・・・検索してください❤

あと、この方の他の記事も良かったです🎵

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https://mugikiri.exblog.jp/16811250/

💕愛と怖れ💕ジェラルドGジャンポルスキー著

こんにちは🎵笑(*´ω`*)

先日下の子供が・・・珍しく

古本屋に行きたい🎵って言うので・・・

行って来ました~~💕



そこで一冊の本に出逢えました🎵笑(*´ω`*)


それが・・・


💕愛と怖れ💕

ジェラルドGジャンポルスキー著

の本でした。


1990年代発行の少し古い本ですが・・・


表紙に書かれてた内容が・・・なるほどなぁ🎵

的な🎵笑(*´ω`*)

ちょっと載せてみますね🎵



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

☆愛とは怖れがまったくない状態のことをいう。

愛は怖れを手放すことから始まる。

「やっぱり怖れていたことが現実になった」といっ

てホットする矛盾。

人は無意識に愛を怖れ、みずから遠ざけている。

五官を通して知覚されたものだけが

「現実」ではない。


☆私たちの思考が「原因」であり、私たちの見るも

のが「結果」である。

人を非難するとき、最初に傷つけられるのは自分自

身である。

私たちは、この一瞬一瞬を生まれ変わって

生きている。

幸福は自分の外側からはやってこない。

私たちの感情には「愛」と「怖れ」のふたつしか

存在しない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


私がこの本を手にした理由がわかりますか❔



どんなに新しい時代が来ようとも・・・


みんなの探し求める答えは

同じものかもしれませんね・・・笑(*´ω`*)


わたしであり・・・あなたである。


その


わ・た・し


の中に・・・いつもはじめから存在していた。



問題も答えも・・・笑(*´ω`*)

常に同時に存在していて・・・わかりずらい❔

あまりに近すぎて・・・見つけられない❔


この本には・・・そんなわたしの中を

そっと教えてくれる内容がつまっていました🎵




どんなに欲しいものを手に入れても・・・・

どんなに美味しいものを食べ尽くしても・・・

どんなに愛されていても・・・



何故か満たされない・・・


そんなときってないですか❔


そんなときに・・・読んでもらいたいですね🎵



今回は「はじめに」

というところを載せておきます。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


はじめに


人間の生き方についての多くの著作がある
作家で友人の、ヒュー・プレイサー氏は、

「歯を食いしばってやっとのことでくぐりぬける・・・というのとは違う、別な生き方が人生にはあるはずだ」と書いています。

私はその別な生き方が実際にあることを確信しています。
ただ、そうした生き方をするには、これまでとは大きく生きる目的を変えてもいいと思う意志が必要です。


人類が滅亡への道をたどり、この地球を滅ぼす方向へ向かっているのではないかと、世界中で多くの人びとが認識するようになってきました。

しかし、他の人をよい方向に変えていくのはもちろんのこと、自分自身を変えるのもままならないのが現実ではないでしょうか。

これまでの自分を支えてきた(信念)というか、長い間培ってきた(思い込み)を変えることなしに、
葛藤、フラストレーション、心の痛みや病気などから逃れようとすることがどんなに虚しいことか、経験したことのある人は多いと思います。私もそのひとりです。

一方、今日では、よりよい暮らしを求める人びとが急激に増えてきた結果、あちこちで魂の覚醒と意識の変化が起きてきました。

地球の汚れを洗い清めようとする意識の流れが押し寄せてきている、といってよいかもしれません。

この意識革命は私たちを心の奥深くへと導いてくれるのですが、内面世界に分け入るにつれ、そこにはやすらぎと宇宙の一体感が常にあったのだということに気づかされます。


心の奥へ目を向けると、私たちを確かな道へと導いてくれる直感の声があることに、気づくことでしょう。

視覚、聴覚から侵入してくる刺激を鎮めて、内なる声に耳を澄ます。

そしてその声にすべてをゆだねていくと、やすらかな気持ちが体いっぱいに広がっていく。

この静けさの中にいると、人柄の違いによる対立は色あせて見え、心の奥深くからのやすらぎを体験することができるのです。

このように、平安な日々を過ごしたいと願っているにもかかわらず、多くの人はけっして手に入らない、別の何かを追い求めているという気がしてなりません。


他人を支配しようとしたり、未来にばかり気をとられるあまり、現在(いま)という時間の中では逆に孤立し、他の人たちとの一体感を失い、
ひいては、自分は愛されるに値しない人間だ、などと思うようになってしまうのです。

しかし、「これ以上、欲しいものはもう何もない」と言い切れる日など、永久に来ないのではないでしょうか。
欲しいものを手に入れたとしても、その満足感は一時的なものにすぎません。

また、身近な人間関係においても、欲しいものを与えてくれれば、「愛する」、
与えてくれなければ「憎む」といった、

愛情関係ならぬ愛憎関係がはびこっているのではないでしょうか。

これは「だれか」から「何か」をもらわなければならないといった、一種の強迫観念が引き起こすものと考えられます。

仕事や家庭内の経済面、精神面など、あらゆるところで欲しているものを手に入れたあとでさえ、心にポッカリと空洞があいているのを感じることがあるのはどうしてでしょうか。

国際的な平和活動で知られているインドのマザー・テレサは、これを「スピリチュアル・デプリヴェーション」つまり「精神の荒廃」と呼んでいます。

こうしたことから、真の満足感とは、外面的な成功とはかかわりなく、自分の内面にこそ見出すものだと、世界の多くの人が考えるようになってきました。
外にいる「だれか」から「何か」をつかみとらないと幸福になれないと思っていると、それに失敗したときには、フラストレーションや極度の落胆、苦痛などを味わうことになり、ときにはそれが高じて病気を引き起こし、自殺の衝動にさえ至ることもあります。

とはいえ、ほとんどの人は、これらの苦しみや患い、不安や不満から自由になりたいとは思うものの、欲望の要求が満たされない欠如感との悪循環を堂々めぐりするばかりではないでしょうか。

それは私たちがこれまでの(信念)あるいは(思い込み)にしがみつき、自分は何者であるかという自己概念を変えないことから引き起こされるのです。

たとえば、世の中が狂っていると自分の目に映るのは、そこに狂った世界があるからというよりも、

私たちの目にくもりがかかっているからだ、ととらえることが必要です。
あるいは、もう役に立たなくなった(思い込み)や(信念)を通して世の中を見ているためだということもできます。

世の中を正しくとらえるためには、
つまり真に「見る」ためには、

まず第一に誤った見方にいざなう思考形態そのものを変えようと決意することです。

第二に過去のこだわりを捨て、現在ここに生き、頭に詰まっている「怖れ」をすべて溶かしきってしまうことです。

こうして得られる新しい「見方」は私たちひとりひとりが、けっしてバラバラの存在ではなく、常に一体だったという真実に改めて気づかせてくれることでしょう。

意識を変えるための方法、心の平和へ通じる道程はひとつではありません。
このささやかな本によって、自分の「見方」を変えるひとつの方法を知ってください。

そうすれば、他人から何かをつかみとらなければ幸せになれないという
「怖れ」に根ざした世界のかわりに、
まわりの人に対して何かを与えたいという
「愛」の世界へと近づくことができるはずです。

つまりこの本は「捧げる」ことによって得られる充足感(しあわせ)について書かれたものなのです。

本書は、この小さな意識革命へのステップが日常のさまざまな場面で応用できるように、
また、人間の存在そのものである「愛」を感じる上で妨げとなっているものを取り除くことができるように工夫されています。

ここに述べられていることをそのまま実践することによって、愛の奇跡を人生に取り戻してほしい、
そしてそれは特別なことではなく、だれにでもできることなのだという体験をしてほしい。

そうした願いがこの本にはこめられているのです。

「奇跡の学習コース」はこう説いています。

人間は心にやすらぎを持つことを人生の目的とし、自他をけっしてとがめず、
すべてのものを許すという気持ちで日々を送ることができるのだ、と。

そして、真の充足感(しあわせ)とは内なるささやき、あるいは直感の声に耳を澄ませることによって自然と得られるものなのだ、と。

このような生き方を、実践していくことによって、私たちは傷ついた人間関係を癒し、

(怖れ)から解放され、心からのやすらぎと歓びを感じとる日々を送ることができるのです。


~~~ 私が見るものは現在(いま)の

よろこび、ただそれだけ。~~~




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


全文そのまま載せました🎵笑(*´ω`*)

いかがでしたか。


自分の内面と・・・向き合う覚悟ができたなら


見える現在(いま)がかわってくるはず🎵


無償の愛って・・・

ただひたすらに捧げる・・・

ゆだねる・・・



すべての存在は

わたしからはじまり・・・・

わたしへと・・・つながっている❔笑(*´ω`*)



わたしとは誰か・・・❔笑(*´ω`*)


私のしあわせは・・・こうやってblogを

ただひたすらに書いていることかもしれません。


評価をいっさい聞くことなく・・・笑(*´ω`*)


さ、私の現実🎵


今から・・・職安へ行ってきます🎵

私の夢と未来のつまった❔笑(*´ω`*)

職安へ🎵

レッツゴー🎵笑(*´ω`*)