🎵なやみはつきねんだなあ🎵相田みつを 書 佐々木正美 著

みなさん❤

こんにちは(*^-^*)

今回はみなさんもよく知ってる

相田みつをさん💕の書を

精神科医佐々木正美さんが

解説している本ですね❤



では、早速

本文より・・・・



「なやみは

つきねんだ

なあ

生きているん

だもの」


悩みは尽きない、それがよい


人間は一つの目標が達成されたり、欲望が満たされると、次の欲求が出てくるものだ。

だから絶えず欲求不満の状態にある。

この次々に欲求不満を引き起こす源泉が、人間の意欲や向上心を絶やすことなく維持させることになる。

人間が悩みや欲求不満になることを失ってしまったら、生きている意味も失うことになるのではないか。

悩みは尽きてしまったら、大変である。

私のような高齢者は、心身の衰えによって、徐々に自分の新たな目標を設定し達成していくことができにくくなる。

だから再晩年に近づくにつれて、自分の夢や希望を託すことができるような、次の、あるいはそのまた次の世代の若者や子どもにめぐり合うたびに、

自分に課せられた過酷な老いややがて訪れる死の現実を、無理なく、あるいは納得し安心して受容していくことができる。

人間は死の直前まで、夢、希望、目標を抱き続けるものである。

欲求不満や悩みは尽きないのである。

それがよいのである。


私も六十歳までは、自分の好きな臨床活動に没頭していた。

悩みの途絶えることがない状態で悪戦苦闘しながら、無謀で困難な課題に取り組み続けていた。

毎夜帰宅して、家族との交わりのなかで癒されて、また翌朝、ときには空元気で自分を叱咤激励して出勤してきた。

六十歳を過ぎる頃から、能力の衰えとともに、それを補うような気持ちで、自分の夢や希望を引き継いでくれる若者に出会いたくなった。

自分の目標や希望を継承し、実現してくれる少年や青年に語りたくなった。

だから学校の専任教師への誘いを引き受けた。

それまでは、どれほど熱心な勧誘を受けても 非常勤講師しか引き受けなかったのにである。

そしてまた新たな課題に悩みながら、これが人生だと思いながら、日々を生かされている。

悩みは尽きないのである。尽きないのがいいのだと思う。





「いのち



アノネ

にんげんはねぇ

自分の意志で

この世に生まれて

きたわけじゃねんだな


だからね

自分の意志で

勝手に死んでは

いけねんだよ」



与えられた生命に感謝したい

私が子どものころの親たちは、聞き分けのない自分の子どもにむかってよく、お前はいったいだれのおかげで大きくしてもらっていると思っているのだ、というようなことを言って叱ったものである。

ところが近年、私たちの臨床の場では、よくも勝手に断りもなく俺のことを産みやがったな、というようなことを自分の子どもから言われる親がいる。

あの戦後のドサクサのなかで、いつも空腹であった子どもたちは、親が一生懸命に働いて自分達を育ててくれていることを実感していた。

子どもたちは、自分の生命が大切にされていることを知っていたから、自分に与えられた生命への感謝があった。だから友達の存在を大切にする感情もしっかりもっていた。

毎日、仲間たちと仲良く楽しく遊んだ。

今日、私たちはなぜ、子どもに生命の大切さやそれへの感謝の気持ちを伝えにくくなったのだろう。

高齢者の自殺などという報道に接すると、ますます複雑な気持ちになる。

いつか息子の書棚にあった、英国の物理学者ホーキング博士の著者の後書きを読んで、感動したことがある。

闘病中の難病、筋萎縮性側索硬化症を病む、アインシュタイン以来ともいわれるこの天才的物理学者は、

人間の最高の分別は、自分の運命を受容する知恵と力を身につけることだ

と思うと書いていた。

作家・曽野綾子氏の書物にも、ときどき見かける思想である。

自分に与えられた生命に感謝したい。

そうでなければ、子どもたちにそれを伝えることはできない。



他にも・・・・


「アレも

コレも

ほしがる

なよ 」


とか


「まける人の

おかげで

勝てるんだよ

なあ」


とか


「生きて

いるうち

はたらける

うち

日のくれ

ぬうち」



いかがでしたか?

みつをさんの書・・・いいね❤

正美さんの解説・・・ほんとにいいね❤




実は今回は


私のなかにある想いが・・・


みつをさんの書にあったので・・・


めっちゃ感動でした🎵笑(*´ω`*)



それを残して終わろうかなぁ🎵笑(*´ω`*)


私は声を大にして叫びたい🎵笑(*´ω`*)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「わたしは無駄にこの世に

生まれてきたのではない

また人間として

生まれてきたからには

無駄にこの世を過ごしたくはない



私がこの世に生まれてきたのは

私でなければできない仕事が

何か一つ

この世にあるからなのだ



それが社会的に高いか低いか

そんなことは問題ではない



その仕事が何であるかを見つけ

そのために精一杯の魂を

打ち込んでゆくところに

人間として生まれてきた意義と

生きてゆくよろこびがあるのだ 」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



そうそう・・・私はまだ

探しているんです🎵笑(*´ω`*)


私にしかできない仕事を・・・


だからまだ死ねない。笑(*´ω`*)



無駄に生まれてきたわけでもなく

無駄に生きたくもない



切に思うのですが🎵笑(*´ω`*)


悩みはつきない

それでいいのかもね🎵



死ぬ寸前に見つかるかも🎵笑(*´ω`*)



それもよし🎵

としてみようかなぁ😃




❇星の巡礼❇パウリョ・コエーリョ著

お久しぶりです。

久々の本の紹介🎵笑(*´ω`*)

このblogのタイトルにもなってる・・・

アルケミスト

の著者パウロ・コエーリョさん💕

このアルケミスト

第二作目の本だったらしく・・・


今回出逢えた

星の巡礼

と言う本によって知ることが出来ました🎵



この

星の巡礼

こそが第一作目だったみたいです。

その25周年の特装版と言うこともあって・・・


本のサイズ(ハガキサイズ?)といいデザインが

とてもシンプルで素敵で・・・笑(*´ω`*)


それが目に止まり

手に取るはこびとなりました。笑(*´ω`*)


この本はパウロ・コエーリョさんの

自伝的要素の強い作品で・・・

神秘的な・・・とか不思議な・・・的な

感じの強い巡礼の旅の本ですね❤


結構深いので・・・意味がわからないかもですが

興味ある方は是非🎵是非🎵笑(*´ω`*)

実は私・・・一回途中まで読んでたんです🎵


まぁ~~いろいろな理由もあって・・・

半年くらいそのままでした🎵笑(*´ω`*)


で今回、本棚の整理をした時に・・・

なんとなく読んでみたくなりました(*^-^*)


自分でもビックリするんですが・・・

今なんやなぁ~~💕

って思いました🎵笑(*´ω`*)




星の巡礼

パウロ・コエーリョ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

本文より・・・

・・・十世紀までのキリスト教もまた、三つの聖なる巡礼の道があると信じていた。

どの巡礼の道も、その道をきわめる者に対して、一連の祝福と免罪を与えるとされていた。

第一の道は、ローマの聖ぺトロの墓への道であった。ワンダラーと呼びならわされているこの巡礼の道への旅人たちは、十字架をその印としていた。

第二の道は、エルサレムのキリストの墓へ詣でる道であった。この道を行く者たちは、パルミストと呼ばれ、そのシンボルはやしの枝だった。

キリストがエルサレムに入城した時に、やしの小枝によって迎えられたからである。

そして、
第三の道が、使徒の一人であるサンチャゴ・・・
英語ではジェームズ、フランス語ではジャック、イタリア語ではジャコモ、ラテン語ではヤコブと呼ばれている・・・の遺骸に詣でる道であった。

サンチャゴは、ある夜、羊飼いの少年が野原で大空に輝く星を見たというイベリア半島のとある場所に、葬られたという。

伝説によれば、サンチャゴのみならず、聖母マリアも、キリストの死後、間もなくそこへ行き、福音を伝え、人々をキリスト教に改宗させたという。

その場所はコンポステーラ(星の野原)として知られるようになり、キリスト教世界の隅々から人々を引き寄せる町へと発展したのだった。

こうした旅人はピルグリムと呼ばれ、ほたての貝殻がそのシンボルとなったのだ。

・・・今日でさえも、神秘家、帰依者、研究者などの多くの人々が、フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーとスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラの大聖堂をへだてている七百キロの道のりを歩いている。





・・・私はサン・ジャン・ピエ・ド・ポーをしばらく前に出発して、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの道を半分、歩いてきた。

歩行速度、1日二十キロ。

私にはすべてが非現実的に見える。

私はここで何をしているのだろうか?
この疑問はすでに何週間も過ぎたというのに、まだ私を追い回している。

私は剣を探している。私はカソリックに属する小さな教団、RAMで使われている儀式を行っている。

世界の象徴的な言葉を理解すること以外、この教団には他に一切、秘密も秘法もない。

私は自分が騙されていた、霊的探求はまったく意味がなく馬鹿げている、ブラジルで自分がずっとやってきたことをしている方がずっとよいのにと、感じている。

私はこの探求で自分自身の誠実さを疑っている。
なぜならば、姿を決して現さない神を求めて、決まった時間に祈り、奇妙な道を歩き、規律正しい生活をし、見るからに奇妙な教団に従うのは、大変な仕事だからだ。

そうなのだ、私は自分の誠実さを疑っているのだ。私の案内役であるペトラスは、この道はすべての人に、普通の人に開かれていると主張する。

その言葉に私はとてもがっかりしてしまった。

チベットの秘密賢人会議や、愛のないところに愛をもたらすことができる魔法の薬や、突然天国の門が開く儀式などに関するすべての物語が全部真実であると、自分はついに発見するだろうと思っていたからだ。

しかし、ペトラスが私に話すことは、まったく正反対だった。

選ばれた者など誰もいない。もし、自分はここで何をしているのだろうかと疑うかわりに、自分のハートを喜びと情熱で満たしてくれることを行うのだと決心さえすれば、

私たちはみな選ばれるのだ。

その喜びと情熱が聖霊と私たちをつなげるのであって、何百何千という古典を読むことではない。

それは、人生は奇跡であり、それが次々に奇跡を生むということを信じる思いであって、いわゆる「秘密の儀式」や「秘義教団」ではないのだ。つまり、本当に彼を男にするのは、自分の運命を達成しようとする彼の決意なのであって、存在の秘密に関してあれこれ理屈をこねることではないのだ。


・・・私は変わりたいのだろうか?

そうは思わない。にもかかわらず、この道は私を変えつつある。

私は秘密を知りたいのだろうか?

そうだと思う。しかし、この道は秘密などないと、私に教えつつある。

エスが言ったように、明らかにされたことがないことなど、何一つないのだ。

他の言葉で言えば、すべては私が期待していたのとはまったく反対の方法で起こっているのだ。


・・・・私たちはその日の午後ずっと、黙って歩き続ける。強制的に道連れになった私たちは、お互いに疎外し合っている。

サンチャゴ・デ・コンポステーラはまだ先にある。そして私はまだ、この道が私をサンチャゴだけでなく、世界中の他の都市にも導くことになるとは、知ることができない。・・・


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



星の巡礼❇とは

パウロ・コエーリョさんの
人生を一変させた体験をもとに描いた
自伝的デビュー作ということですね。


パウロ・コエーリョさんの旅した道は
もしかすると、
私であり、あなたも
同じように自分自身を知ることができる
旅なのかも・・・笑(*´ω`*)

サンチャゴ・デ・コンポステーラへと続く・・・

あぁ~~今、思い出しました🎵笑(*´ω`*)

覚えていますか?

このblogでも紹介しました。

四国の八十八ヶ所を旅していた・・・

イタリア人のステファノさんとミルコさん🎵

ジェスチャーとなんとなくの地名で教えてくれたんですが・・・

まさに

この道を旅してきたと言っていました。

その時・・・凄く良いなぁと思ったのを

思い出しました🎵笑(*´ω`*)

いつか・・・みんなで行ってみたい。

羊飼いの少年が大空に輝く星を見た・・・

その場所に❇



星の巡礼とは・・・パウロ・コエーリョさんの物語ではあるけれど


もしかしたら・・・今、ここがすでに

そうなのかも❔笑(*´ω`*)


生から死へと続く道・・・

私のあなたの・・・❇巡礼❇

なのかも❔笑(*´ω`*)


今回、最後の方のページでとても感動したメッセージがありました。

何ヵ所かあったのでそこも少しのせておきます。


・・・終わり頃、カナダ人の女性が私のところにやってきた。

「私は聖人のお墓や聖なる川や奇跡が起こった場所や幽霊を探し求めるタイプの人間ではありません。

私にとって、巡礼するのはお祝いです。私の父も母も若くして亡くなりました。二人とも心臓麻痺でした。

そして、私も同じ弱点を持っているかもしれません。

だから、この人生を早くに去るかもしれないので、私はできる限り世界を知り、できる限り幸せを楽しむ必要があるのです。

母がなくなったとき、私は自分に約束しました。

太陽が毎回、毎朝再生する度に幸せを感じること、

そして、未来を楽しみにすること、

しかし
そのために現在を犠牲には絶対にしないこと、

愛が私の道を横切るときは、
必ず愛を受け入れること、

毎分真剣に生き、決して自分を幸せにできることを先延ばしはしないことです。」




・・・・カナダ人女性は自分にも同じことが起こったと言って、いつも持ち歩いている本を私に手渡してくれた。

アメリカの大統領だったセオドア・ルーズベルトが、パリのソルボンヌで1910年4月23日に行ったスピーチの一部です」

私はそれを読んだ。

「大切なのは批評家でもなく、力のある人がどのようにつまずくか、もっとうまくできたはずなのに、と指摘する人たちでもない。

功績は、実際に闘技場にいる者、顔はほこりと汗と血にまみれる者、勇敢に戦う者、過ちを犯す者、何度も何度も失敗する者のものである。

なぜならば、間違いや欠点のない努力などないからだ。

しかし、実際によい行いをするために努力する者、情熱と素晴らしい献身を知るもの、意味のある目的に自分自身をささげる者、最もよい場合には最後に素晴らしい勝利の結果を知る者、そして、最もひどい場合、失敗したとしても、少なくとも大いなる努力のあとで失敗する者、

こうした人々が、勝利も敗北も知らない冷たく臆病な人々と同じ場所にいることは絶対にないだろう」




・・・・そしてファティマでは、まるで何かの印のように、私はサイン会に来た人々の一人から贈り物を受け取った。

それは、
ティク・ナット・ハンという仏教僧が書いた
「喜びへの長い道」
というタイトルの本だった。

その瞬間から、世界一周の九十日間旅行を続ける前に、私は毎朝、
ティク・ナット・ハンの智恵の言葉を読んでいる。
次はその要約だ。


1、あなたはすでに到着している。一歩ごとに喜びを感じ、あなたがまだ直面しなければならないことについて心配するのをやめなさい。
私たちは自分の前に何も持っていない。
ただ一瞬一瞬に喜びを持って旅をする一本の道があるのみだ。
巡礼の瞑想を行うとき、私たちはつねに到着しつつある。私たちの故郷は今この瞬間であり、それ以上のものはないのだ。


2、そのために、歩くときはつねに笑顔でいなさい。たとえ無理して笑顔を作らなければならず、変に感じてもだ。
笑顔に慣れなさい、そうすればあなたは幸せになるだろう。
あなたの満足を見せるのを恐れてはならない。


3、もし、平和と喜びはつねにどこか先にあると思っているならば、あなたは決してそれに到達することはできない。
平和も喜びも、なたの旅の同伴者であることを理解しなさい。


4、歩くとき、あなたは地球をマッサージし、ほめたたえている。
同じように、地球はあなたが心身と心のバランスを取るのを助けようとしている。
この関係を理解し、それを尊重しなさい。
あなたの歩みがライオンの強固な安定感と、虎の優雅さと、皇帝の威厳を持ちますように。


5、あなたのまわりで起こることに注意を払いなさい。そしてあなたの呼吸に集中しなさい。
これはあなたの旅について行こうとする問題や心配を取り去るのに役立つだろう。


6、歩くとき、動いているのはあなただけではない。過去と未来のあらゆる世代が動いているのだ。
いわゆる「現実の世界」では、時間は計ることができるが、真実の世界では今こな瞬間を越えて存在するものはない。
これまでに起こったすべてのこと、これから起こるすべてのことはあなたの一歩一歩の中にあるということに、完全に気づきなさい。


7、あなた自身を楽しみなさい。巡礼の瞑想をあなた自身とつねに出会う場にしなさい。
報酬を求める苦行の場としてはいけない。
あなたの足がふれる場所に、つねに花や果実を育てるのだ。


私はこの本が好きだ🎵笑(*´ω`*)

もしかしたら・・・私の見えないガイドさんが

私に届けてくれたギフトなのかも❔笑(*´ω`*)



道に迷いまくりの❔笑(*´ω`*)・・・私に🎵

結構・・・今って感じだけど(T_T)



それでも・・・まだ生きてます🎵

生かされているのかな❔笑(*´ω`*)

どこまでも愛なんだと・・・気づくために❔笑(*´ω`*)

旅🎵息子・・・

こんばんは😃🌃

昨日なにげに・・・Twitterを検索してたら

見つけました🎵笑(*´ω`*)

旅🎵息子の

旅の動画が少し出来たみたいで・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

https://youtu.be/xGvYiOehtTc

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

良かったら・・・見てくださいね🎵笑(*´ω`*)


いつも応援してくださっている

みなさんには・・・本当に感謝です🎵

ありがとうございます。



私も・・・初めて見たんですが・・・


そのまんまで・・・リアルでガチで

言葉もみあたらないですが・・・



なんかいいなぁ~~って思えました🎵


私の知らない世界🎵笑(*´ω`*)


今🎵息子は・・・日本ですが・・・

更なる旅の続きのために・・・・

今も一生懸命

楽しんでいるのかなぁ❔笑(*´ω`*)


ほとんど連絡ないからね~~~笑(*´ω`*)

たまに・・・

「靴下送って~~」とか

「洗剤送って~~」とか・・・


あるくらいで🎵(T_T)


私が送ってもらいたいくらい~~笑(*´ω`*)


今はそんなかんじです。


また、ご報告します🎵(*´ω`*)


これからも宜しくお願いします🎵(*´ω`*)

❇祈りの手❇

いつもありがとうございます🎵

先日、朝、なにげにネットを検索してたら

出逢えた~~❔笑(*´ω`*)

あるかたのブログだったんですが・・・


❤祈りの手❤

というのを紹介してくれてました(*^-^*)


有名な画家さんが描いてるんですが・・・

画像が載せられなくて・・・本当にショック

です(T_T)


この祈る手を描くことになった物語に

めっちゃ感動してしまった~~💕

感動のあまり・・・

ちょうどかかってきた母からの電話に


その全内容を話してた・・・


電話のむこうで

母が泣いていた・・・


私が母に一言

「私って凄くない❔笑(*´ω`*)」

・・・

「今さっき一回だけ目を通したこの話・・・

かぁちゃんに大体のストーリーを伝えてるし・・・

ほら、かぁちゃん、めっちゃ泣いとる。」



・・・そっち~~(?)

母はかなり苦笑ぎみ・・・笑(*´ω`*)


でもね・・・何故か凄く幸せだった。


母も私も・・・


感動できるっていいね❤


なんとなく

みんなと一緒に感動したくて・・・

残してみた🎵笑(*´ω`*)



良かったら・・・検索してください❤

あと、この方の他の記事も良かったです🎵

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
https://mugikiri.exblog.jp/16811250/

💕愛と怖れ💕ジェラルドGジャンポルスキー著

こんにちは🎵笑(*´ω`*)

先日下の子供が・・・珍しく

古本屋に行きたい🎵って言うので・・・

行って来ました~~💕



そこで一冊の本に出逢えました🎵笑(*´ω`*)


それが・・・


💕愛と怖れ💕

ジェラルドGジャンポルスキー著

の本でした。


1990年代発行の少し古い本ですが・・・


表紙に書かれてた内容が・・・なるほどなぁ🎵

的な🎵笑(*´ω`*)

ちょっと載せてみますね🎵



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

☆愛とは怖れがまったくない状態のことをいう。

愛は怖れを手放すことから始まる。

「やっぱり怖れていたことが現実になった」といっ

てホットする矛盾。

人は無意識に愛を怖れ、みずから遠ざけている。

五官を通して知覚されたものだけが

「現実」ではない。


☆私たちの思考が「原因」であり、私たちの見るも

のが「結果」である。

人を非難するとき、最初に傷つけられるのは自分自

身である。

私たちは、この一瞬一瞬を生まれ変わって

生きている。

幸福は自分の外側からはやってこない。

私たちの感情には「愛」と「怖れ」のふたつしか

存在しない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


私がこの本を手にした理由がわかりますか❔



どんなに新しい時代が来ようとも・・・


みんなの探し求める答えは

同じものかもしれませんね・・・笑(*´ω`*)


わたしであり・・・あなたである。


その


わ・た・し


の中に・・・いつもはじめから存在していた。



問題も答えも・・・笑(*´ω`*)

常に同時に存在していて・・・わかりずらい❔

あまりに近すぎて・・・見つけられない❔


この本には・・・そんなわたしの中を

そっと教えてくれる内容がつまっていました🎵




どんなに欲しいものを手に入れても・・・・

どんなに美味しいものを食べ尽くしても・・・

どんなに愛されていても・・・



何故か満たされない・・・


そんなときってないですか❔


そんなときに・・・読んでもらいたいですね🎵



今回は「はじめに」

というところを載せておきます。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


はじめに


人間の生き方についての多くの著作がある
作家で友人の、ヒュー・プレイサー氏は、

「歯を食いしばってやっとのことでくぐりぬける・・・というのとは違う、別な生き方が人生にはあるはずだ」と書いています。

私はその別な生き方が実際にあることを確信しています。
ただ、そうした生き方をするには、これまでとは大きく生きる目的を変えてもいいと思う意志が必要です。


人類が滅亡への道をたどり、この地球を滅ぼす方向へ向かっているのではないかと、世界中で多くの人びとが認識するようになってきました。

しかし、他の人をよい方向に変えていくのはもちろんのこと、自分自身を変えるのもままならないのが現実ではないでしょうか。

これまでの自分を支えてきた(信念)というか、長い間培ってきた(思い込み)を変えることなしに、
葛藤、フラストレーション、心の痛みや病気などから逃れようとすることがどんなに虚しいことか、経験したことのある人は多いと思います。私もそのひとりです。

一方、今日では、よりよい暮らしを求める人びとが急激に増えてきた結果、あちこちで魂の覚醒と意識の変化が起きてきました。

地球の汚れを洗い清めようとする意識の流れが押し寄せてきている、といってよいかもしれません。

この意識革命は私たちを心の奥深くへと導いてくれるのですが、内面世界に分け入るにつれ、そこにはやすらぎと宇宙の一体感が常にあったのだということに気づかされます。


心の奥へ目を向けると、私たちを確かな道へと導いてくれる直感の声があることに、気づくことでしょう。

視覚、聴覚から侵入してくる刺激を鎮めて、内なる声に耳を澄ます。

そしてその声にすべてをゆだねていくと、やすらかな気持ちが体いっぱいに広がっていく。

この静けさの中にいると、人柄の違いによる対立は色あせて見え、心の奥深くからのやすらぎを体験することができるのです。

このように、平安な日々を過ごしたいと願っているにもかかわらず、多くの人はけっして手に入らない、別の何かを追い求めているという気がしてなりません。


他人を支配しようとしたり、未来にばかり気をとられるあまり、現在(いま)という時間の中では逆に孤立し、他の人たちとの一体感を失い、
ひいては、自分は愛されるに値しない人間だ、などと思うようになってしまうのです。

しかし、「これ以上、欲しいものはもう何もない」と言い切れる日など、永久に来ないのではないでしょうか。
欲しいものを手に入れたとしても、その満足感は一時的なものにすぎません。

また、身近な人間関係においても、欲しいものを与えてくれれば、「愛する」、
与えてくれなければ「憎む」といった、

愛情関係ならぬ愛憎関係がはびこっているのではないでしょうか。

これは「だれか」から「何か」をもらわなければならないといった、一種の強迫観念が引き起こすものと考えられます。

仕事や家庭内の経済面、精神面など、あらゆるところで欲しているものを手に入れたあとでさえ、心にポッカリと空洞があいているのを感じることがあるのはどうしてでしょうか。

国際的な平和活動で知られているインドのマザー・テレサは、これを「スピリチュアル・デプリヴェーション」つまり「精神の荒廃」と呼んでいます。

こうしたことから、真の満足感とは、外面的な成功とはかかわりなく、自分の内面にこそ見出すものだと、世界の多くの人が考えるようになってきました。
外にいる「だれか」から「何か」をつかみとらないと幸福になれないと思っていると、それに失敗したときには、フラストレーションや極度の落胆、苦痛などを味わうことになり、ときにはそれが高じて病気を引き起こし、自殺の衝動にさえ至ることもあります。

とはいえ、ほとんどの人は、これらの苦しみや患い、不安や不満から自由になりたいとは思うものの、欲望の要求が満たされない欠如感との悪循環を堂々めぐりするばかりではないでしょうか。

それは私たちがこれまでの(信念)あるいは(思い込み)にしがみつき、自分は何者であるかという自己概念を変えないことから引き起こされるのです。

たとえば、世の中が狂っていると自分の目に映るのは、そこに狂った世界があるからというよりも、

私たちの目にくもりがかかっているからだ、ととらえることが必要です。
あるいは、もう役に立たなくなった(思い込み)や(信念)を通して世の中を見ているためだということもできます。

世の中を正しくとらえるためには、
つまり真に「見る」ためには、

まず第一に誤った見方にいざなう思考形態そのものを変えようと決意することです。

第二に過去のこだわりを捨て、現在ここに生き、頭に詰まっている「怖れ」をすべて溶かしきってしまうことです。

こうして得られる新しい「見方」は私たちひとりひとりが、けっしてバラバラの存在ではなく、常に一体だったという真実に改めて気づかせてくれることでしょう。

意識を変えるための方法、心の平和へ通じる道程はひとつではありません。
このささやかな本によって、自分の「見方」を変えるひとつの方法を知ってください。

そうすれば、他人から何かをつかみとらなければ幸せになれないという
「怖れ」に根ざした世界のかわりに、
まわりの人に対して何かを与えたいという
「愛」の世界へと近づくことができるはずです。

つまりこの本は「捧げる」ことによって得られる充足感(しあわせ)について書かれたものなのです。

本書は、この小さな意識革命へのステップが日常のさまざまな場面で応用できるように、
また、人間の存在そのものである「愛」を感じる上で妨げとなっているものを取り除くことができるように工夫されています。

ここに述べられていることをそのまま実践することによって、愛の奇跡を人生に取り戻してほしい、
そしてそれは特別なことではなく、だれにでもできることなのだという体験をしてほしい。

そうした願いがこの本にはこめられているのです。

「奇跡の学習コース」はこう説いています。

人間は心にやすらぎを持つことを人生の目的とし、自他をけっしてとがめず、
すべてのものを許すという気持ちで日々を送ることができるのだ、と。

そして、真の充足感(しあわせ)とは内なるささやき、あるいは直感の声に耳を澄ませることによって自然と得られるものなのだ、と。

このような生き方を、実践していくことによって、私たちは傷ついた人間関係を癒し、

(怖れ)から解放され、心からのやすらぎと歓びを感じとる日々を送ることができるのです。


~~~ 私が見るものは現在(いま)の

よろこび、ただそれだけ。~~~




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


全文そのまま載せました🎵笑(*´ω`*)

いかがでしたか。


自分の内面と・・・向き合う覚悟ができたなら


見える現在(いま)がかわってくるはず🎵


無償の愛って・・・

ただひたすらに捧げる・・・

ゆだねる・・・



すべての存在は

わたしからはじまり・・・・

わたしへと・・・つながっている❔笑(*´ω`*)



わたしとは誰か・・・❔笑(*´ω`*)


私のしあわせは・・・こうやってblogを

ただひたすらに書いていることかもしれません。


評価をいっさい聞くことなく・・・笑(*´ω`*)


さ、私の現実🎵


今から・・・職安へ行ってきます🎵

私の夢と未来のつまった❔笑(*´ω`*)

職安へ🎵

レッツゴー🎵笑(*´ω`*)

🚀天地宇宙王さん2019🚀

お久しぶりです。

いつも本当にありがとうございます。笑(*´ω`*)

皆さん🎵体調どうですか?

最近・・・私はちょっと不調ぎみ・・・

なので心が動くことも・・・笑(*´ω`*)


昨年紹介した・・・

💕天地宇宙王さん💕

今年も行って来ました~~💕

一年ぶりなので・・・たどり着けるのかなぁとか

思いながら。


どんなお願い事も叶えてくれるという🎵


今回は不調続きの私の身体のことを

おねがいしてみようかと・・・



以前から行ってみたいと言っていた方を

ご案内しながら・・・



とても天気の良い一日でした🎵笑(*´ω`*)


きっと会えると思っていたので・・・

連絡もせず伺いました🎵

はじめは留守でしたが・・・

やはり出会えることになっていたのか、

ゆっくりお話も聞かせていただけました🎵


今回も、写真を載せたかったのですが、

このblogには写真がもう添付できない感じで・・・


めっちゃショックなんですが・・・


写真のせなくても

やっぱりお伝えしたいかなぁ~~とか思いました🎵

前回のには載せてるので・・・良かったら見てくだ

さいね。



で、今回、初めての方もいたので・・・

天地宇宙王さんのことをはじめから

お話してくださいました。笑(*´ω`*)



一年前も同じ事を聞いていたけど・・・

今回二度目に聞くと・・・

めっちゃ新鮮で・・・

凄い感動したお話もありました。



行く道中から・・・

(宇宙王さんて、神仏同根とか聞いていたの

で・・・一体どんな教えがあるのかなぁ

神の教え❔仏の教え❔どうなんやろ~~)


って思ってたので・・・その答えをすぐに

聞くことが出来ました。


特に尋ねた訳でもなかったのに・・・お話の流れで

ほんとに不思議でした🎵笑(*´ω`*)


「ここの教えはただひとつなんですよ❗❕」

・・・そう言って教えてくれました。



これが、ストーンって府に落ちる感じで・・・

めっちゃ感動でした。


笑える・・・し、感謝🎵でした。


ここではあえてのせませんが・・・

実際行かれて・・・聞いてもらえると

嬉しいです🎵笑(*´ω`*)

楽しみはおいておきますね❤




たった一つの事を実践されることで・・・


治ったりとか言うのは

付録のようなものですよって

いってました。笑(*´ω`*)



生きていく上での心がけのような

大切な事を教えていただけましたね。



もしかしたら・・・このblogを見て下さる方の

まわりにも、今身体のことで大変な苦労や

痛みを日々耐えていらっしゃるかたがおられるかも

しれません。



そのような方の希望の光になれるかも・・・


しれないと思い✨


懲りずに報告させていただきました。


ここの方は田野さんといいます❤


紹介が遅くなりました🎵

ほんとに素晴らしい方で・・・

体験談とか不思議なお話とか・・・

きりがないのですが。


そうそう、忘れるところでした。

今回、私の身体のことを初めて

お願いしたんですが・・・


御神前❔ですか・・・

檜の香りが・・・あまりに凄すぎて💕

このままここで・・・とか思えるくらい

心地の良い空間で🎵


お祈りしてもらいました。


なんだか涙が勝手に出て来て・・・

不思議な感じでしたよ🎵笑(*´ω`*)

ご報告まで(*^-^*)



楽しい話をたくさんして

帰ったのですが・・・



今回一緒に行った方が先日・・・体調の良くない

お友だちを天地宇宙王さんのところへ案内してあげ

たそうです。


かなり遠方の方なのに・・・凄いなぁとか思ってた

のですが。


私に・・・

「天地宇宙王さんを紹介してくれてありがとう。

友達が笑顔になってる・・・🎵今日も調子がいいみ

たい」


そう言って喜んでくれたので🎵


私にとってはそれが何よりです。

どうなるかはわかりません・・・でも

もしかしたら・・・

そう思うと・・・お伝えしてよかったのかなぁ😃

っておもいます。



希望の光❤

いいですね。



是非行ってみてください。

あの、檜の香りを体感してみて

え?そっち・・・笑(*´ω`*)


ではでは🎵


あと、心に残ってる言葉

田野さんが教えてくれた❔


「陰陽ぱっぱ」

今も心に響きます🎵笑(*´ω`*)


気になる方は田野さんに

聞いてみてくださいね🎵笑(*´ω`*)

✨鶴尾神社✨

おはようございます。

今日は今年始めての新月✨ですね。

特別なことはなにもないんですが。

不思議なご縁で・・・


今年初めて参拝させていただいた

神社があるんです。


それが、

鶴尾神社🎵(*^-^*)

何年か前から・・・

気になっていた神社ではあったんですが、

きっと、順番というかタイミングというのが

あるんだと思います🎵(*^-^*)



・・・で、少しさかのぼって、

昨年後半に呼ばれた❔笑(*´ω`*)

神社のお話をさせていただくと・・・


その頃に出逢った方とのご縁で・・・

淡路島へと導かれ・・・たまたま

その方の故郷の神社と同じ名前の神社を。

待ち合わせた・・・コンビニの隣の

看板の地図の中にみつけてしまったんですね。



「おんなじ名前の神社があるんや~~」

「行ってみよ~~」


そういって行ったところが


香椎宮


誰も来ないような・・・

自然の中に溶け込んだような感じの場所。


紀元二千六百年と印された石碑があるくらいやから

きっとこの場所は・・・相当

深い意味のある場所なのかと感じました🎵

一人静かに瞑想とかするのにはとても

心地の良い場所かも知れません・・・


私も実際、懐かしく・・・

あたたかく感じられたし。笑(*´ω`*)


写真もあるんですが

残念なことに・・・

メモリがいっぱいみたいで・・・

このblogにはのせられないみたい。

使い方がいまだに理解できていないので(T_T)

その辺は検索してみてくださいね🎵



その✨香椎宮

お祀りされている神様は

神功皇后さまでした。



初めて耳にする神功皇后さま。


なぜこの神功皇后さまが呼んでくださったのか?

これから始まる私の

新たなストーリーなのか、既に始まっているのか

謎のまんまなんですが。


個人的にどんな人なのか検索してみました🎵

皆さんも検索してみて・・・


で、今回、鶴尾神社❤

なんと、ここも、

神功皇后さまをお祀りしていました。

なので・・・凄く知りたくなり。

神社関係者の方に・・・

「なにか資料ありますか?」

って聞いたら・・・


「もし、良かったら、最近記念誌を

発行したのが残っているので、そちらを

差し上げましょうか?」

と言われたので、喜んで頂きました。


・・・なんだか、この記念誌を読んでと

言われているようで


実はここ、鶴尾神社は

祀られている神様は三方。

神功皇后さま

その息子の☆応神天皇さま

その末子の☆うじのわきいらつこの尊さま


普通なら・・・そうなんや~~くらいで

おしまいなんですけど。


私はその頂いた記念誌を

何気によんでしまったんです。


どんな内容か・・・長くてここに載せるの

大変なのである程度🎵



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


応神天皇さまは深くも考えず、朝鮮の王様に

学者の派遣を頼んだらしい。

その後で阿直岐(あちき)と王仁(わに)という二人の

かなり優秀な学者が日本に送られてきて・・・

喜んだ応神天皇は、その王仁(わに)博士を皇太子の

家庭教師として、帝王学の教育を頼んだ。

その時の皇太子は、古くからの習慣で末子の

☆うじのわきいらつこ☆である。

この☆うじのわきいらつこ☆は非常に秀才だったと

伝わっている。おそらく、日本の文化人の元祖

ともいうべき人であったらしい。


ところが、問題は王仁博士が何を教育したかであ

る。

王仁博士が朝鮮から日本に来るときにもって

きたのは、千字文一巻と論語十巻と伝わっている。

論語はもちろん孔子儒教の中心である。

孔子儒教の中心は

「忠孝仁義礼智信」であり、また

「終身斉家治国平天下」である。

特にこの中で、孔子が重点をおいたのは

「礼」である。

礼とは秩序を正すことである。

君は君であり、臣は臣である。

親は親であり、子は子であり、

兄は兄であり、弟は弟である。

その秩序が乱れなかったら、家も治まり、

国も治まるという理論である。

この秩序を守るということが、

孔子儒教の中心である。

王仁博士は、この論語で皇太子の

☆うじのわきいらつこ☆を教育した。

これによって、モンゴリアン民族の日本人の

「「末子相続の習慣」」

が破られたということになる。


応神天皇が亡くなった時、

☆うじのわきいらつこ☆は

「兄は兄、弟は弟である。長幼の序によって兄が

天皇を継ぐべきである。今までの末子相続の習慣

は間違いだった。この機会に天皇の位は兄が

継ぐべきで、私が継ぐべきではない」

と主張して、天皇の位につかなかった。


しかし兄の仁徳天皇は別に論語の教育を受けた

わけではなかった。

「そんな馬鹿なことがあるか。

日本人は朝鮮人とは違う。昔から代々末っ子が

相続することに決まっている。

父の応神天皇もそうだったではないか。

その父親の応神天皇がお前を皇太子として

指定してあった。それを簡単に変更して、

おれが天皇を継ぐことができるか。

王仁博士がお前に何を教えたか知らないが、

天皇はお前が継ぐべきた。」

と主張して、仁徳天皇もがんとして

天皇の位をつがなかった。


それでとうとう3年間、日本に天皇がなかった。


そこで☆うじのわきいらつこ☆は

「自分が生きている間は兄は頑として

天皇を継がないだろう。といって弟の自分が

天皇をつぐことはどう考えても間違いである。

自分がこの世の中にいなくなれば、

仕方なしに兄は天皇の位を継ぐであろう」

そういってとうとう自殺してしまった。

いわば、

儒教渡来の犠牲になったということである。

宗教とか思想とかいうものは、新しい土地に

伝わると必ず犠牲者が出るものである。

☆うじのわきいらつこ☆もその一人である。

兄の仁徳天皇は驚いたが、仕方なく

自分が天皇の位についた。

この☆うじのわきいらつこ☆という人は、

現在の京都のお茶の産地、宇治の宇治川

西岸に住んでいた。

その住まいの跡に天皇自ら弟を祀ったのが、

現在の宇治神社である。なお、宇治という地名も、

この人の住んだゆかりでできたものである。

この事件によって、以後、日本は天皇家をはじめ、

みな

「「長男相続」」

にかわった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


・・・こんな内容が記念誌にありました。


なんとも切ない・・・

複雑な心境になってしまいました。


この世界は・・・このような出来事が

山のようにあって・・・だんだんと忘れられていく


それが、良いとか悪いとかではなくて・・・

ただ・・・そうやって続いてきている。


もしかしたら当たり前のことなど・・・

何一つないのかもしれない。

今まで・・・普通と思ってきた事や、

当たり前と思ってきたことが・・・

もしかしたら・・・違っていたかも❔❔笑(*´ω`*)

誰が決めたのか❔笑(*´ω`*)


自分の人生も・・・誰かの決めごとや、

習慣になっていることや、当たりまえの事や、

一般常識といわれることの犠牲になっていたかも知

れないと思ったら・・・


今からでも・・・自分で選んで生きていきたいとも

思えました。


知るということは・・・良いことなのか?

謎ですが・・・私は知ることができて良かったと

思える。


実際、末子相続か、長男相続かということの

良し悪しではなく・・・

末子である。

☆うじのわきいらつこ☆という方が

存在していたということを知ることができました。


神功皇后が私を呼んだのは・・・

☆うじのわきいらつこ☆の存在を

伝えるためだったのかと・・・謎なんですが。




もし、心ある方が訪ねて下さるのであれば。


日本には4社

☆うじのわきいらつこ☆を御祭神とする

神社があるそうです。


宇治神社🎵・・・京都府宇治市

野木神社🎵・・・栃木県野木町

前鳥神社(さきとり)🎵・・・神奈川県平塚市

鶴尾神社🎵・・・香川県高松市


行ってみてくださいね🎵



私もこの世をさったら・・・

誰かの心に残るのだろうか❔笑(*´ω`*)



出逢った数の人の心には

残るのかもしれませんね。


末子か長男か・・・

本当のところどっちでもいいのでは❔❔

命からみたら・・・みんなおんなじなのでは


大切にすべきは・・・すべてなのかも。


目の前にあらわれる

ひとつひとつのことなのかも🎵(*^-^*)

小さきものから愛でましょう💕


わたしにいってる🎵笑(*´ω`*)